数日後。
私はなーと、またS公園を走っていた。
「あの人、結局なんだったんだろうね」
なーは相変わらず赤い。もう通常運転だ。
例のベンチの前で足を止めたとき、背後から声がした。
「……本当に、良かった」
振り返ると、あの男がいた。
黒っぽい服。
穏やかな顔。相変わらず、手ぶら。
「あなたは……」
私が言うと、男は少し照れたように笑った。
「いやあ、僕はね」
「なにもしないんですよ」
なーが即座に食いつく。
「えっ、じゃあ、ずっと何してたんですか?」
男は少し考えてから、静かに言った。
「見守ってました」
「でも、あなたたちがちゃんと動いた」
「だから——本当に良かった」
風が吹いた。
次の瞬間、男はいなかった。
なーが笑う。
「……ああいう人、いちばん楽してない?」
私は答える。
「でもさ、ああいう人がいると、安心するでしょ」
33度の夏、S公園。
今日も誰かが走り、誰かが赤くなり、誰かが助けられ、
そしてどこかで——
なにもしない男が、静かに見守っている。
——完——

